ニコニコ動画で「あしたのジョー」1、2を立て続けに見た。最近の漫画は小畑健や井上雄彦に代表される洗練されたタッチやストーリーが多く、当時に比べかなり進化した。アニメに至っては昔の黄ばんだような画風には子供たちは見向きもしないと言う。
しかし、あしたのジョーは別格だ。こんなに心揺さぶるアニメはない。泣けるシーンが何回もある。なんでこんなに切なくなるのだろう。たかがアニメで。ドラマの世界から抜け出せなくなるくらい哀しい生き様だ。ちょっと尾崎豊に通じる。 舞台でもある台東・荒川の山谷地区に以前、自転車で訪れたことがある。早朝から公園で炊き出ししているホームレスで賑わい、右翼っぽい張り紙やチラシが通りに溢れていた。酒臭く、汚い街だったが、泪橋は大きな交差点になり、かつて小塚原刑場跡の近くを流れる思川にかかっていた橋の面影はなかった。 あれから4年経って、最近は日雇い労働者用の簡易宿泊施設も外国人観光客の利用が増え、新たな街づくりが進んでいるという。もう、かつてのドヤ街のイメージはなく、昭和のセピアな空気はアニメでしか味わえない。それでも、山谷と吉原界隈の雰囲気は一種独特の「昭和」があって、今度の帰京にはぜひもう一度散策したいと思うのだ。 ジョーの生き方と、絶望の淵で希望を見出そうとする山谷の人々の暮らしぶりが、何か妙に郷愁をくすぐり、その世界から抜け出すことができない。そこまで貧乏な暮らしじゃなかったのに、駄菓子屋に屯し銭湯に通っていた少年時代を思い出させて、夕映えの雲をボーっと眺めているような気持ちだ。 あの頃抱いたジョーへの憧れは、ジョーへの切なさにしかならない。カッコいいけど、あんな生き方が自分にはできないことが四半世紀を経て分かってしまったから、少年の目からおっさんの目になったからなのだろう。 果てしなき闇の彼方に 作詞:荒木一郎/作曲:荒木一郎/編曲:後藤次利/歌:おぼたけし 作詞:荒木一郎/作曲:荒木一郎/編曲:チト河内/歌:荒木一郎 かなしい想い出を肩に隠して お前は歩き出す一人きりの人生を 甘いなぐさめなど今は 背中にしみる筈もない 苦い涙がこぼれたら 気づかぬ振りをしてやるだけさ 泣きたい時にも泣けない日がある お前の苦しみも人に言えない日があるさ 何も見えない闇の中は 求める夢も見えはしない 今のお前に出来ることは 歩きつづけることだけさ 明日は明日の陽が昇るだろう お前も昨日にはもう戻れやしないのさ 見知らぬ川の行く手にも 澱みや滝があるだろう それでも海が見えるまでは 流れつづけて行くものなのさ by yosshii0520 | 2007-08-30 21:15 | 映画評 | Trackback
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